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三沢を訪問して想うこと

事務局員のつぶやき

2009年1月 9日(金) 10:00

投稿者:管理人ナベ

事務局員のナベです。昨年の8月から仙台支店に力点をおいて新規会員の募集活動をしてきました。

東北地方にはあまり縁がなく未知の地域といっても過言ではありません。それだけに期待は大きく、ここむすの新規会員開拓のミッションを持って12月まで足をすり減らし、身を粉にして縦横無尽に走り回りました。

そんな中、青森の代理店を訪問させていただく際にふらっと三沢に寄ってみました。そのお話をお聞きいただければ幸いです。ちょっと濃ゆい話になりますので興味のない方には退屈だと思われますがご容赦ください。

gaikanma-ku.JPG三沢に「寺山修司記念館」というミュージアムがあるのはご存知でしょうか?

「寺山修司」という名前に反応する人はそんなに多くはないと思います。
私が「寺山修司」を意識しだしたのは小学校の頃だと記憶しています。テレビっ子だった私がその頃見ていた番組にタモリが出ていました。妙な発音の東北弁でぼそぼそっと話をするトレンチコートで七三に調髪した男の真似をしていました。物真似をしているタモリの口から発せられた「寺山修司です」という自己紹介で、この東北弁の男が「寺山修司なんだ」と認知しました。ただ認識までには至らず、そこで一旦意識は途切れてしまいます。

その後、「寺山修司」を認識しだすのは小学校の高学年で読んだ『書を捨てよ町へ出よう』という強烈な題名の本でした。この本は強引に、そして暴力的なほどに、常識などの既成の価値観を叩きつけ、覆そうと試みる内容だったと認識しています。少しずつ大人になっていくこの頃の私にとって、衝撃を全身で受けた感のある内容でした。映画が好きだったこともあり、彼の制作した映像を必死で探し映画館に足を運んだものです。

演劇、という価値観はあまりなかったので、残念ながら演劇実験室・天井桟敷の芝居が見たいと思うようになるのは高校3年生まで時を置くことになります。初めて寺山修司の芝居を見たのは20歳の頃だったと思います。まだ、アングラ劇という名前が微かに残り香を放っていた頃のことです。天井桟敷の芝居ではなく、学生たちが演じる小劇団のお芝居でした。確か『血は立ったまま眠っている』だったと思います。

「一本の樹の中にも流れている血がある、そこでは血は立ったまま眠っている」という寺山の詩から発想された戯曲であったと記憶しています。60年安保闘争のことはもちろん私には知る由もない出来事ですが、この芝居からさまざまなモノを感じ受け取ったような気がします。

そうこうしているうちに1983年5月4日に寺山修司は敗血症を患って帰らぬ人になってしまいました。本当に残念でしたというか彼が演出している芝居を見ることが出来なかった事実に表現できないくらい落胆しました。
それから、彼の追悼公演として「万有引力」という名前で(天井桟敷のメンバーがほとんど参加)『レミング 壁抜け男 』が関西のホールでかかったので喜び勇んで見に行ってきました。


kinenkangaikan.JPGその頃の記憶が私の頭の一部分を占領していたので、青森に出張と聞いたとたん「寺山修司記念館」をパソコンで検索していました。その「寺山修司記念館」がこれです。

けったいな建物でしょ?予想通りでした。

こんな長閑な小田内沼湖畔に、よくこの奇妙な建物を許したものだと思います。
三沢駅前でタクシーを拾い、一路「寺山修司記念館」へ。
車も殆ど走らない国道と県道をいくつか抜けて約20分。料金なんと、3,600円也。
どんなけ走ったんやっていうくらいの料金でしょ。ちょっとひきました。でも念願の記念館に入場できると思うとすっかりお金のことは頭から消え去っていきました。

さあ、入場です。心ときめく一瞬です。

shinboruma-ku.JPG

じゃじゃぁーん、これがミュージアムの入り口です。

写っているのは扉ですね。どこかで見たことありませんか?私が敬愛してやまない、横尾忠則さんのデザインです。
寺山修司が天井桟敷を創設した頃、横尾忠則さんもいたんですよね、この劇団に。彼は唐十郎主催の状況劇場にもいて、美術担当でしたね。ここにも寺山修司の深い人間関係を知ることになります。

では、いざ扉の向こうに。ここからは次回に回します。乞うご期待ください。

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